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ロシアの神話
目次
- スラブの神話
- リトワニアの神話
- ウグロ=フィン族の神話
スラブの神話
スラブの神話は原始的二元論。
| 神名 | 概要 | ページ |
| ベロボーグ | <ベールィ(白い)>と<ボーグ(神)>という意味からなる。 | |
| チェルノボーグ | <チョールヌィ(黒い)>と
<ボーグ(神)> | |
| スヴァローグ | スラブ人は天を一つの至高存在と考えていた。神を人格化してみる時、「天」をもとの性格のまま擬人化された。<スヴァール(輝いた、明るい)>「サンスクリット語と類縁関係がある。二人の子供、ダジボーグ「太陽」とスヴァロギッチ「火」がいる。スヴァローグは宇宙を支配した後に万物を想像する至高の力を子供たちに譲り渡した。 | |
| ダジボーグ | 「太陽」の意、Dajの部分の起源はわからない。(ロシアの学者アファナーシエフはゴート語dagsやドイツ語のtagやサンスクリット語のahan、dahan「昼とか光とか言う意味
」に近いものと考えている。)スラヴの神話や伝説では、「太陽」はオリエント(東方)の方教徒永遠の夏との国に住む。その地にそびえたつ黄金の宮殿から、太陽は毎朝火の息を吐く白馬たちに引かれた光り輝く馬車に乗って、天空を一周しに出かける。ポーランドの民話では、太陽は黄金の鬣を持つ十二頭の白馬の引くダイヤモンドの二輪馬車で散歩する。別の伝説では太陽はオリエント(太陽)の黄金の宮殿に住み、銀の馬と金の馬とダイヤモンドの馬とに引かれた馬車に乗って彼の進路を走る。セルビア人たちの間では、太陽は若くて美しい王で光の王国に住み、黄金と緋色の布との玉座に座り二人の美しい処女「夜明けのオーロラ」「夕暮れのオーロラ」、七人の裁判官(惑星)と「尾のある星」の姿をして宇宙を横切って飛ぶ七人の使者(彗星)がいる。そこには「太陽」の(頭の禿げた伯父)である「老メーシャツ」がいる。(メーシャツは男性名詞で月を表す)。ロシアの民間伝説では太陽は十二の王国(十二か月、黄道帯の十二宮)太陽は空の太陽の内部に住み、その子供たちはそれぞれの星の上に住む。子供たちは、彼らを湯あみさせ世話し歌を歌って聞かせる(太陽の乙女たち)によって傅(かし)かれている。いくつかの神話では太陽の一日の運行は年齢の変化として表されている。すなわち、太陽は朝毎に生まれて美しい子供として現れ昼頃成年に達して、夕暮れには老人として死ぬ。太陽の一年の運行も、それと似たやり方で説明されている。幸福の同義語となっていて、人間の運命はこの神の手にゆだねられている。公平で正しい神で悪人を罰し善人によい報いを与える。 | |
| オゴーニ、スヴァロギッチ | 「火」の意味(サンスクリット語のアグニと同一視)。多くのスラヴ諸国では農夫たちが今も火に対する神秘的な崇敬の念を持っている。年寄りは火をつける時には大声で話したり、誓いを立てたりするものではないと若者に言う。伝説や民話の中には口から炎を吐く翼ある怪物(火の蛇)の話が物語られる。 | |
| ゾリャー・ウートレンニャヤ | オーロラ(ゾリャー)、ウートロ(朝)で夜明のオーロラの意味。太陽が天空へ旅を始める時、天の宮殿の扉を開ける。 | |
| ゾリャー・ヴェチェールニャヤ | オーロラ(ゾリャー)、ヴェーチェル(夕暮れ)で夕暮れのオーロラの意味。太陽が自分の宮殿に戻るとき、その扉を閉める。 | |
| ズヴェズダー・ジェニーツァ | 「明けの明星」スラヴの神話でゾリャーの姉妹の傍らにいる二人の姉妹「星」がついていることがある。ゾリャーたちと仕事を分け合い、太陽の白馬たちの世話をする。太陽に代わってメーシャツの妻となる伝説がある。 | |
| ヴェチェールニャヤ・ズヴェズダー | 「宵の明星」スラヴの神話でゾリャーの姉妹の傍らにいる二人の姉妹「星」がついていることがある。ゾリャーたちと仕事を分け合い、太陽の白馬たちの世話をする。 | |
| ドゴーダ | 西風、優しく人々を愛撫する風。いくつかの伝説では七種あるとされる。 | |
| ストリボーグ | 風の神。(風の神の名のコンソナンス(語尾同音性)はリトワニア語、もしくはスカンディナヴィア系ゲルマン語に起源があることを示している。)その孫である風たちも戦争の神格としての性格を持ち、海の方から矢を放ってくる。 | |
| ヴァルプリス | 風の神、ペルーン神の従者の一人、雷雨の騒がしい音を引き起こす風神。 | |
| エリスヴォルチ | 聖なる嵐の神。 | |
| マーチ=スィラ=ゼムリャー | 母なる湿潤の大地。大地はただしい石を持つ至高の存在で、人がその神秘の言語を理解することができるならば、大地は未来を予言することができる。大地は
正しく、人々はそれに背いてはならない。何世紀もの間、スラヴの農民たちは土地の所有権に関する係争を大地に証言を求めることで解決してきた。もしも誰かが一塊の土くれを頭の上において誓うならば、その地界は疑う余地のないものとみなされた。大地崇拝の痕跡は今でもロシアに残っている。 | |
| ドモヴォーイ | ドーム(家の意味)、家の神格、または精霊。スラブの農民は迷信から正式名で呼ばず、おじさんと言ったり家の主と言ったりする。外見ははっきりしていない。多くの場合は人間の姿で毛の生えた生物として描かれる。角や尾を持っていることもある。時には家畜やただの乾草の束として現れていることもある。姿を見ることは人間には難しいとされ、危険でもある。ドモヴォーイは自分の住む家に親しむと、そこから離れたがらなくなる。ロシアの農夫が新しいイズパ(丸木小屋)を建てると、彼の妻はそこに住むに先立ってパンを一切れ切り、暖炉の下に置いて、ドモヴォーイを新しい家に引き寄せる。ドモヴォーイは暖炉の側や、入口の扉の敷居の下を好む。その妻は「ドマニャー」とか「ドモヴィーハ」と呼ばれ地下室に住む方を好む。ドモヴォーイは家の住人たちに、襲い掛かろうとしている不幸を予告する。家族の誰かが死ぬ前にはドモヴォーイの鳴き声がする。また、妻の髪を引っ張って、夫が彼女を打てないようにして防いでやったりする。ドモヴォーイはスラヴ人の間で家族が、部族の中から区別され独立するに至って、初めて現れた。それより以前のスラヴの神話はロードとかチュールとかの異名で呼ばれる部族の精霊の存在を認めていた。ロードやチュールは翻訳しにくい言葉であるが、先祖とか祖先とかいう意味である。 | |
| ドヴォロヴォーイ | (ドヴォール)庭の意、庭の精霊。白い毛を持った動物(猫、犬、馬)をひどく嫌っているが雌鶏だけはこの精霊を恐れない。牝鶏は野原などで見つかる丸い穴の開いた石によってあらわされる特殊な神格である牝鶏の神によって守られている。ドヴォロヴォーイをなだめるためには家畜小屋の中に、牝羊の毛を少々と、何かきらきら光る小さなものと、一切れのパンを置いて捧げながら、(皇帝ドヴォロヴォーイよ、主にして親切な親しい隣人よ、私は感謝のしるしにこの贈り物を具えます。どうか家畜たちを愛想よく迎え、その世話をし、養い育ててやってください。)という。ドヴォロヴォーイが意地悪な態度を示すときは、庭の柵の木に熊手を突き刺すか、経帷子(きょうかたびら、死人に着せる浄衣)から引き抜いた糸を編み込んだ鞭で打つ。庭に吊り下げたカササギの屍を恐れる。ドヴォロヴォーイは人間の女性と恋に落ちることがある。 | |
| ヴァンニク | (ヴァーニャ)浴槽の意、浴槽の精霊。住まいはイズパ(丸木小屋)の側に建てられて農夫たちの入浴場となる小さな小屋。三組の入浴車を入らせた後、四番目に入るのがこの精霊で、彼は悪魔や森の精霊たちを浴場に招待する。ヴァンニクが体を洗っている最中に、もしも誰かが彼の邪魔をしに入ってきたりすると、邪魔ものの体の上に煮えたぎった湯を浴びせかけたり、首を絞めたりする。人々が浴槽を出る時二は、ヴァンニクのためにわずかでも湯を残しておかなければならない。ヴァンニクに未来を訪ねることができる。そのためには、未来を知りたいと思うものは、入浴小屋の扉を細目にあけて、そこから裸の背を差し出し、辛抱強く待たなければならない。もしもヴァンニクがその爪で背中をつついたならばそれは不吉な前兆である。もしも優しい掌でそっと触れたならば、彼にはよい未来が約束されているということになる。 | |
| オヴィング | (オヴィーン)穀物蔵の意、穀物蔵の精霊。いつも穀物小屋の片隅に住んでいる。普通、毛を振り乱した大きな黒猫の姿をしている。犬のように吼え、大口を開けて笑うことができる。その眼は燃える燠のように輝いている。とても意地が悪く、穀物蔵に火をつけることもできる。 | |
| キキーモラ | ドモヴォーイの妻、唯一の女性の精霊。ある時は鶏の世話をすることが仕事。主婦が怠け者だとキキーモラは夜の間彼女の子供たちをくすぐって母親に多くの苦悩を与える。キキーモラと和解する方法は森に行って羊歯を集めて煎じ薬を調合しその薬で台所中の壺や茶わんを一つ残らず洗うことである。 | |
| ベセヤスとクルキス | 家畜の守護者。クルキスは鍛冶屋たちの守護神でもある。(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| ラタイニッツァ | 馬小屋の守護者(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| プリギルスチチス | 鋭い耳をもち、小さなささやきでも聞き取る。叫び声などを我慢することができない。(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| ギヴォイチス | 影の姿をしているとされ、牛乳で育てられた。(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| マチェルガービャ | 女性の神格。家の管理を司り、粉練り桶から取り出した最初のパンを捧げる。(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| ジュグナイ | パンの練粉が腐らないように守る。(女性?)(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| クリンバ | ボヘミヤで崇拝されている家の女神。(これらの名前はリトワニア語、スカンディナヴィア語、ゲルマン語のコンソナンス「語尾同音性」を示す。) | |
| レーシィ | (レス)森の意。森の精霊。伝説では人間の姿、両頬は青みが勝った色で彼の血が青色であるから。しばしば緑色の飛び出した目と密生した眉毛を持ち、緑の長いひげをしている。髪はギリシャ正教の司祭の髪と同じ。(稀に一風変わった姿。赤い帯を締め、右足に左足の靴を履いていた李、「カフタン」(毛皮の裏付きマント)のボタンを逆向きにかけていたりする。)レーシィには影がなく一定の伸長がなく森の中を歩く時は森で一番高い樹々の頂迄届く。叢を通るときは樹の葉の下に隠れることができるほどの矮人になる。隣人の土地を侵そうとはしないが、自分の王国はごくわずかでも奪われまいと用心する。旅人が一人で森を通ったり、農夫や猟師森の深くに入ると、レーシィは彼らを迷わせ藪のなかをあちこちあらゆる方向に歩き廻らせ同じ場所に連れ戻す。根は良い精霊なので、ほとんど最後は生け贄を釈放する。特にその生け贄の人間が彼の呪いから逃れる術を心得ている時は。道に迷ったものは樹の幹に腰を掛けて服を脱ぎ、それを裏返しにして着なおし、右足に左足の靴を履くことで逃れられる。いくつかの伝説によれば、死すべき運命の人間の女と悪魔との密通から生まれたと言うが不死の精霊。レーシィたちは毎年十月の始めに、翌年の新しい春が来るまで姿を消すか一時的に死ぬかしなければならない。この時期には彼らは腹を立てやすく、特に危険である。身近に迫った消滅のことを考えて苦悩と怒りに満たされて彼らは森の中を走り回り、口笛を吹き、叫び、興奮した女の甲高い笑いや人間のすすり泣く声や獣禽や野獣の叫び声などを真似て様々の声を発する。いくつかの伝説はレーシィに家族本能を与えており、彼の妻としてレシャチーハと子供たちのレショーンキを示している。彼らは森の奥ふかっくに住み、共同で悪事を働く。 | |
| ポレヴィーク、ポレヴォーイ | (ポーリェ)野の意。どの野原にも一人ずつ生息し支配する。外見は地方によって異なる。ある時は白い衣を着た姿、ある時は地面のように黒い肉体と別々の色をした二つの眼を持っている。髪の毛の代わりに頭上に緑の長い草が生えていたりする。時々人語を話す貴兄の矮人となって現れる。ポレヴィークは気晴らしのためにレーシィと同じやり方で旅人を道に迷わせる。彼は、自分の畑を耕さずにそのうえで眠ってしまう酔っ払いの息の根を止めてしまうことがある。こうした行為に自分の子供たちの助けを借りる。子供たちは畝溝の中を走り彼らの両親が食べるための鳥を捕らえる。ポレヴィークの好意を勝ち取るための供え物は誰にも見られずに地面に掘った穴の中に卵を二つとなくことの出来なくなった年取った雄鶏を一羽置くこと。ロシア北部ではポレヴィークの姿はポルードニッツァの姿にとって変えられる。 | |
| ポルードニッツァ | (ポルージェニ、真昼の意。)上記参照。背の高い全身白衣の娘で夏の収穫時期畑の中を散歩し、真昼に働いている男女を見ると頭をつかんで苦痛を与える。また幼い子供たちを麦畑の中に引き込んで道に迷わせる | |
| ダータン | ポーランド人の野の繁栄の精霊。 | |
| タヴァルス | ポーランド人の野の繁栄の精霊。 | |
| ラヴカパチムなど | ポーランド人の耕作を司る神々。野の繁栄 | |
| マルザンナ | ポーランド人の果実の成長を助ける女神。野の繁栄 | |
| モデイナ | ポーランド人の森の神 | |
| シリニエッツ | ポーランド人の森の神 | |
| ヴァルジーノ | ポーランド人の家畜の神 | |
| クルヴァイッチン | ポーランド人の家畜の神、子羊の世話をしている。 | |
| クレーマラ | ポーランド人の家畜の神、豚の世話をしている。人々は暖炉の火に麦酒を注いで捧げた。 | |
| プリパルチッス | ポーランド人の家畜の神。若豚を葉は豚の乳から引き離す役目をしていた。 | |
| クリッコ | スラブ人の神格。野の果実の守護神 | |
| キルニス | スラブ人の神格。サクランボが首尾よく熟すのを助ける | |
| モコッシュ | スラブ人の神格。小家畜動物の神でキエフに祭壇を持つ。 | |
| ゾーシム | スラブ人の神格。蜂蜜の守護神。 | |
| ズッチブール | スラブ人の神格。森の神。 | |
| シクサ | あらゆる形をとることができる悪戯好きの妖精、森の精霊。 | |
| ヴォジャノーイ | (ヴォダー)水の意。湖や池や大小の河川に住む悪意ある危険な神格。好んで住むところは水門や水車の近くで、水車の大きな羽の下には時々いくつものヴォジャノーイが集まっている。姿は変化に富んでいる。あるものは人間の顔を持ちながら、度はずれて長い足指と、人間の手の代わりに動物の脚を具え、長い角と、一本の尾と、燃える炭火のような眼を持っている。別の物は並外れて大きな身長をした人間の外観をし草と苔とに覆われている。巨大な赤い眼と、漁師の長靴のような長い鼻をもって、全身真っ黒な姿をしている。また、緑の髪と髭を生やした老人で髭の色は様々に変り、月が欠けている晩は白くなる。時々裸女の姿をして現れ、水中で樹の根に座り、水の滴る髪を櫛笥する。また、全身苔に覆われた巨大な魚の姿で、あるいは、小さな翼をもち水面すれすれに跳ぶただの木の幹の形で表される。不死の存在だが月の満ち欠けとともに若返ったり年取ったりする。人間を嫌っていて軽率な人間たちの隙を狙って、彼らを水中に引きずり込み、この精霊の深い水底の王国に連れて行き奴隷とする。この精霊は沈んだ船から運んできた金銀で飾られた太陽よりも強い光で煌めく魔法の石でできた水晶の宮殿に住んでいる。昼の間ヴォジャノーイは宮殿の奥深くに潜んでじっとしていて、夕方になるとそこを出て、脚で水を叩いて音を立てて飛ぶ。音は遠くからでも聞こえると言う。日が暮れて水沿いに行くとヴォジャノーイに捕まえられて逃れられなくなってしまう。水車の土手では水に自由な通路を取り戻させてやろうとしてその土手をぶち壊そうとする。ロシアでは粉ひきたちがヴォジャノーイの好意を得ようとして、一人で通りかかった人間を水中に落とすことをしていた。北部ロシアのオロネッツ地方ある湖に大勢の家族を抱えたヴォジャノーイが住んでいた。縁者を養うために動物や人間の死体を必要としていたが泉の周りに住んでいた人間が用心深く、そこに水を汲みに来ることも水浴をすることも避けていた。ヴォジャノーイは川伝いに別の湖に逃れて行こうとしたが、慌てていたため足で小島をひっかけて川野中に落としてしまった。今でも人々は河の中に落ちたその小島を示すことができると言う。 | |
| ルサールカ | 若い娘がおぼれるとそれが自己でも本人の意志でもルサールカになる。この信仰はスラヴ民族全体を通じて共通であるが姿は同じではない。それは気候と空の色と水の色との変化に応じて変わると言う。青きドナウ地方のスラヴ人たちの間ではルサールカはヴィーラと呼ばれる若い娘の魅力的な特徴をいくつか供えた優美な生き物とされることが多い。北部ロシアでは、ドナウ河やドニエプル河の優美で快活な魅力がルサールカ達が髪は振り乱して溶かしたこともない意地悪な娘に描かれる。南部地方のルサールカたちは月の光に似た蒼白い顔色とされる。北部にいるその姉妹たちは水死体のように青ざめ、その両目は邪悪な緑の光に輝いている。南部のルサールカたちはしばしば軽やかな霧の衣を着て現れ、北部のルサールカたちはいつも品の悪い裸である。ドナウ河やドニエプル河のルサールカ達は北部の湖や河に住む姉妹たちの知らないような歌を歌う。南部諸地方のルサールカ達は、美貌と優しい声で旅人たちを誘惑する。北部のルサールカたちは、夜遅く川の土手を散歩する人間を捕らえて水中に突き落として溺れさせることしか考えない。太陽と青空の国のルサールカたちの腕の中では、死も快いもので一種の安楽死とされる。北部地方のルサールカ達は彼女らの生贄たちに手の込んだ激烈な苦痛を味わわせる。スラヴの伝説ではルサールカ達に水中と森の中の二重の生活があるとされ、夏の始めまで(ルサールカの週まで)水中の王国に住み(ルサールカの週)の間に水中を去って森の中に移り住む。水面に垂れた細く長い枝のある、しだれ柳や白樺の木を選んで、それによじ登る。夜になると月光を浴びて、枝を左右にゆすぶって遊び、声を掛け合い、樹から降りて林間の空地で踊りを踊る。南部地方のスラヴ人たちはルサールカ達が踊りながら足を付けた所は、草がよく生え、麦も一層多く採れると信じられている。また、この精霊たちの行動は有害なものにもなりえる。水中で気晴らしに耽っているとき、彼女らは水車の羽根に飛び乗ってそれをとめたり、石臼を割ったり、土手を壊したり、漁師の網を引き裂いたりする。また、雷雨や土砂振りの雨を野に送ったり、女たちが眠っている隙に布や糸を盗んだりすることもやる。ルサールカたちの悪戯を妨げる確実な方法があり、それはただ手の中に、呪われた草すなわちニガヨモギの葉を一枚持っているだけでいいのである。ルサールカに関する神話は死と死者とに関するスラヴ人たちの一般的な信仰を反映している。その信仰によれば、緑の木々は死者たちの住まいの役を果たしている。太陽がまだ夏への道を歩み始めない内は、死者の魂たるルサールカ達は、暗く冷たい水の中にとどまっていることができる。だが、水が生命の天体の光線によって照らされて温められると、ルサールカ達はもはやそこにとどまっていることができない。そして彼女らは死者たちの住まいである木の上に戻るのである。 | |
| スヴャトヴィート | バルト海地域のスラヴ人たち(エルベ河の河口やリューゲン島に住むスラヴ人たち)に崇拝された神格。何人かの年代記作者によってスヴャトヴィートについてほぼ同年代の証言が残されている。(1857年ガリチア地方のズブルチ河の岸べでスヴャトヴィートの彫像が発見されている。これはアルコナの本寺院にある彫像の単純化された粗雑な複製だった。アルコナのスヴャトヴィートの彫像は華やかな装飾に飾られた寺院のなかに安置された、背の高い象。それぞれ相反する四つの方角を向いた四つの頭を持ち、右手には酒を満たした牡牛の角を持つ。そばに巨大な剣と鞍と馬具とが吊り下げられている。寺院の中に一頭の白馬が飼われている。)儀式:スヴャトヴィートが手に持っている牡牛の角の中身を確かめその中に酒がたくさん残っていたら良い前兆で、その年の豊作と幸運が予告されていることになる。逆に酒が著しく減っていたとしても、人々はただ飢饉と災厄の年に備えればよかった。また、白馬は聖職者たちが地面に数列の槍を突き立て白馬にその間を通らせる。馬がどの槍にも足を引っかけることがなければ未来の幸運が予告される。寺院に戦争用の旗があり司祭たちはスヴャトヴィートの崇拝者たちが戦争に出かける時に彼らにそれを示す。寺院には司祭の他に三百人の武装した別動隊が扶持されていた。ある古い年代記ではスヴャトヴィートは(神々の神)とみなされており、他のいかなる神もその前では半神にしか過ぎなかったという。(スヴァローグのように太陽と火との父で、同時に豊饒の神でもあった。)戦いの戦利品の中には常に彼の取り分があった。 | |
| ルギエヴィート | スラヴ西方諸民族の好戦的な神格。八本の剣で武装し、そのうちの七本は革帯に付けられ、一本は右手に持っていた。 | |
| ヤロヴィート | スラヴ西方諸民族の好戦的な神格。自分の旗を持ち、その崇拝者たちは戦場に赴く時にこの神の楯と旗とをもって出かける。 | |
| ラジガスト | スラヴ西方諸民族の好戦的な神格。手に両刃の斧を持っていて、胸の上に雄牛の頭を下げて、巻き髪で覆われた頭の上には翼を広げた白鳥を載せていた。信頼できる助言者で名誉と力の神。 | |
| ペルーン | ペルーンという名の起源は最古のアーリア族時代、ヒンドゥー教徒たちの間でインドラ神はペルーンと同じ語根を持つ(バールジャニヤ)という異名で呼ばれていた。ペルーンという言葉は多くのスラヴ系言語に認められている。(ロシア語:ペルーン、ポーランド語:ピョルン「ポーランド語でピョルンは稲妻の意味」、チェコ語:ペラウン、スロヴァキア語:ペロン、リトワニア人の間にはペルカウナスという名前がしばしば見いだされる。)「言語母論」(マーテル・ウエルボールム)のなかではペルーンはジュピターの名前で訳されている。十世紀の末頃まで、キエフに木で彫った偶像があった。(戦争の神として)異教時代のスラブ人にとって稲妻が最も恐ろしい武器と考えられていた。また、ロシアの古い年代記が戦争とペルーンとの間に合った直接的な関係についてはっきりと証言している。ヴラジーミルのビザンチンギリシャ正教改修によって信仰は消滅したが、民間人の着色で白ロシア人たちはペルーンに弓は残し戦車の代わりに空中を移動するときに乗るただの石臼を与えた。そしてキエフ公国崩壊後は銅の天に不思議な鋤で畝をつくる力の強い農夫の姿となった。 | |
| ヴォーロス(ヴェーレス) | 家畜の神、田園の起源と性格とを持つ。ペルーンの好戦的行為に結び付けられた。キリスト教改修後、好戦的な役割を失って田園の住民たちの共感を保った。十九世紀のロシアの農婦たちはまだヴォーロスの髪を縮らせる風習を保存していた。取り入れの際彼女らは穂を縮らせた麦の一束を畑の上に残しておく。 | |
| ジーヴィッカ、ジェヴァーナ、ジェヴォーナ | ラウジッツ(東部ドイツの一地方)、ボヘミア、ポーランドなどのゲルマン民族と接触しあっていた地域のスラヴ人たちの狩りの女神。駿足の馬に跨り一群の猟犬を連れた若くて美しい女神、両手に武器をもってエルベ河とカルパチア山脈の森の中を早駈ける。ラウジッツ地方のセルビア人の間ではジーヴィッカ、チェコ人の間ではジェヴァーナ、ポーランド人の間ではジェヴォーナと呼ばれる。この女神がローマ神話の月の女神で狩りの女神であるダイアナに近いことを示している。 | |
| ヤリーロ | 歓喜の神。学者たちはヤリーロをエリーロと書き換えてギリシャ語のエロスに起源を求めようとした。ヤリーロは愛欲の神。(ヤールィ:熱烈な、熱情的な、荒れ狂ったという形容詞)(アジームィ:冬(ジマー)に由来する言葉で秋に播かれる小麦を意味する)これに対し春に播かれる小麦はヤロヴォーイと呼ばれる。このことからヤリーロには春の再生の観念と性の情熱の観念とが結び付けられている。異教時代から後の時代にもいくつかのスラヴ民族の間に大きく広まりそこに深く根付いていた。十八世紀末頃ヴォロネージ(ソ連、ロシア共和国西部の州)のギリシャ正教の主教チーホ座下(ざが)はこの信仰に溺れている彼の教区民たちに非常に厳しい処置を取った。異教時代のスラヴ人の間で昔からの偶像ヤリーロを祝って何日間も続く遊戯があった。白ロシアの民間伝説はヤリーロの外見について、白馬に乗り白いマントを着て、頭には野の花の冠をかぶり左手には一握りの小麦の穂を持ち両足は裸足の若くて美しい神として描かれる。キリスト教時代に入っても行われた民衆の祭礼に二つの要素がある。春と豊饒の神であるヤリーロの祭りは春最初の種まきの日を選んで行われていた。十九世紀の白ロシアでは村の若い娘たちが集まって、一番美しい娘を選び娘にヤリーロの白い着物を着せて頭に花の冠をかぶり白馬に乗せ、選ばれた娘の周りに摘んだばかりの花を頭に飾った若い娘たちの長い踊りの輪(ホロヴォージェ:古代ギリシャのコロス「歌舞団」から派生した奇妙なスラヴ語)が作られ、村の男女の年寄りたちの前で、種子がまかれたばかりの畑の上で行われた。ホロヴォージェは神の偉大な恵みを褒めたたえる歌を大声で歌った。夏が来るとヤリーロの葬式が行われる。東部と西部のスラヴ人たちの間に大きく広がっている儀式で何世紀もの間、キリスト教の説教師たちのあらゆる攻撃に抵抗し続けた(特にロシアでは)。この祭りの間男女若い娘たちも集まって一緒に食べたり飲んだり踊ったりする。日が沈むと、祭りの行われていた場所に、藁で作ったヤリーロの偶像が運ばれ(これが神の心だ姿)酒と踊りに酔った女たちが、その偶像に地数いてすすり泣く「おお、神は死んでしまわれた!神は死んでしまわれた!」。男たちも走り寄って偶像を摑み、ゆすぶりながら大声で叫ぶ「そうだ、女たちの言葉は嘘ではない!女たちはこの神をよく知っている、この神が蜜よりも甘く優しいことを知っている!」それが済むと偶像は女たちに付き添われて、埋葬地まで運ばれる。人々は偶像を埋葬するとそれから再び食べたり飲んだり踊ったりし始める。 | |
| クパーラ | 歓喜の神。(クパーチ:水浴するという動詞)と同じ語根を持っている。六月に行われていたクパーラの祭りの間に、人々が河の中で水浴しそこでクパーラの露(祭りの夜の間に集められた露)で身体を洗う。水の神秘的な力への信仰はクパーラ崇拝の要素のうちの一つ。水への崇拝はクパーラ崇拝と緊密に結びついている。沐浴、洗身、花冠の水中への投入などクパーラ祭儀の重要な一部だった。クパーラ祭儀で火への崇拝が水に劣らず重要な位置を占めていた。クパーラの聖夜に焚かれる焔は情火の効果を持っていてクパーラ崇拝者はこの火の回りで(ホロヴォージェ)を作って踊ったり、その火の上を飛んだりした。異教が滅び去った後の時代のクパーラの祭りの中で、女の服を着、リボンや女性の首飾りなどで飾られた藁のクパーラ偶像をつくる。偶像は木の腕を持ち、その木の腕には花冠や様々の女性の装飾品が吊り下げられている。日が沈むと偶像は、行列を作って河に運ばれてそこで水中に沈められるか、あるいは聖火の所に運ばれてそこで燃やされるかした。異教時代のセルビアでは、偶像は水中に沈められず、ただ水に漬けられるだった。クパーラ崇拝の基本的な一部は、木、草、花への崇拝だった。その偶像は祭りの続く間、一度伐り倒されたうえで再び地中に固定された一本の木の下に置かれていた。バルト海地方のスラヴ人たちの間では、白樺の木が聖木とされていた。女たちは馬を荷馬車につなぎ、行列を作って森へ行き、そこで白樺の木を選んで伐り倒し、それを祭りの行われる場所まで厳粛な調子で運んで行った。頂の回りに一種の王冠ができるように上の方の枝だけを残して後は切り払った。それから同様に厳粛な調子で木を地面の中に固定させ、次いでその気に花冠を吊り下げた。これらの作業は女たちだけによって行われ、男たちはこの聖木に触れてはいけないことになっていた。聖木の前で人々は鶏を殺して生け贄としたのである。クパーラ崇拝の最も生彩に富みかつ神秘的な側面は明らかに、聖なる魔法の草花探しだった。 | |
| 勇者スヴャトゴール | ブィリーヌィで自分自身の力を(重い荷物のように)担いでいるほど強い人間として描かれている。彼は大地の重さを全部一か所に集められる場所がもし見つけられたら、「大地」を持ち上げてみせようと公言する。彼がステップ(大草原)のなかで小さな「頭陀袋(ずだぶくろ)」を見つけ、棒で触ってみるとびくとも動かず、指で動かそうとしても、転がりもしない。馬から降りずに手で頭陀袋を摑んだが、袋は一向に持ち上がらない。「行く都市となく私は世界を駆け巡った。だが、こんな不思議に出会ったことはいまだかつて 一度もない。ちっぽえかん頭陀袋が動かず、転がりもせず、持ち上がりもしないとは!」スヴャトゴールは愛馬から降り、頭陀袋を両手でつかんで膝の上まで持ち上げる。そして膝まで地中にめり込んでしまう。その時彼の顔から流れたのは、涙ではなく、血であった。彼はもひゃや自分がめり込んだ場所から起き上がることができない。それが彼の最期であった。(スヴャトゴールは「大地」の重さをはっきりと知った。だが神はその高慢ゆえに彼を罰したもうた。とブィリーナは結んでいる。) ※解釈:スヴャトゴールがその大地を持ち上げられなかったのは愛する者を信じなかったからだと考えられる。これはスラブに特有の解釈かもしれない。多くの災難は女性ゆえ、すなわち愛を図り違うところにあるように思う。この大地はおそらくスヴャトゴールの愛する者によってたやすく持ち上げることだできたに違いない。 | |
| 勇者ミクーラ | 彼の木でできた「小さな鋤」は、一群の勇者たちが全員かかっても持ち上げることが出来なかったほど重いのにミクーラはそれを片手で持ち上げてしまう。ミックーラの小さな馬は、最良の駿馬よりも早い。なぜならミクーラは「母なる湿潤の大地」に愛されているからだ。(ミクーラは、自分が土地を耕し、農作業をするためには、神の助けが必要だと言っている。) | |
| 勇者ヴォールフ、ヴォルガ | 「輝く鷹」や「灰色の狼」や「黄金の角を持つ白牛」や「ごく小さな蟻」にも姿を変えることができる神話的な存在として描いている。ヴォールフは異教スラヴにおいて祭司兼呪術師を意味していたヴォールフフの変形である。狼人(夜間、狼の姿で山野をさまよい歩く魔法使い。人狼。)としてあらゆる特徴を備え、魔法を使うことのできる勇者のヴォールフは、彼の不思議な才能を、神の教会を煙と化そうとするインド皇帝の陰険な企てからギリシャ正教の聖都キエフを守るために用いる。 | |
| イリヤ=ムーロメツ | (イリヤはイスラエルの予言者エリヤの意)ムーロム(ソ連、ロシア共和国西部の年の名に由来する)。イリヤの馬は地上を走らず不動の森の上の、そして空を走る雲の少し下の空中を飛ぶ。イリヤが弓から放つ矢はペルーンの神弓から放たれた矢に似て教会の円屋根をこぼち、頑丈な樫の木をも薄片に裂いてしまう。彼は身体障碍者として生まれ、三十三年の間座ったままで立ち上がることが出来なかった。ある日二人の旅人が通りかかって、「蜜の飲料」を彼に与えた。それを呑むと彼は自分の中に大いなる力が沸き上がってくるのを感じた。だが、勇者イリヤはよきキリスト教徒である。彼は老いた両親の祝福を受けたのちでなければ、数々の輝かしい武勲も立てることができない。彼は不信の徒からキリストの信仰を守り、そして、自分の死ぬ時がやってくると、キエフに大聖堂を建てる。この最後の功績を成し遂げた後で、イリヤは死んで石と化し、その肉体は今日まで元のままの姿で残っている。スラヴの農民が雷鳴を聞くとあれは聖エリヤが空中を火の馬車に乗って走り回っているのだと言う。スラヴ人たちの間ではペルーンの特徴が予言者エリヤに受け継がれている。 | |
| 勇者ポトーク=ミハーイロ=イヴァーノヴィッチ | ポトークが結婚したとき、彼と花嫁とは、二人のうちどちらかが先に死ぬようなことがあったら、生き残った方も進んで死に身をゆだねようと誓いあう。ポトークの妻は結婚後一年半にして死んでしまう。ポトークは深く大きな墓を掘らせ、輔祭(ほさい「執事のこと」)を呼んで、妻を埋めてから、彼自身も、甲冑を着け馬に乗って、墓の中に降りて行く。人々は寺院の金に結び付けられた一本の引き綱が通るだけの余地を残して、墓の上に樫の木で作った天井を置き、黄色い砂をかぶせた。それから、その上に木の十字架をしっかりと立てた。勇者ポトークは、その勇敢な駿馬とともに正午から真夜中まで墓の中でじっとしていた。彼は勇気を奮い起こすために蝋燭に灯をともした。そして真夜中、彼の回りにあらゆる爬虫類の怪物たちが集まり、次いで紅蓮の炎を上げて燃える巨かいな蛇がやってきた。ポトークは彼の鋭い剣で蛇を殺し、その頭を切り落とした。彼がその蛇の頭から流れる血を妻の身体に塗ると、妻の肉体はたちまち生き返った。そこでポトークは、引綱を引いて寺院の鐘を鳴らした。人々が彼とその妻の肉体はたちまち生き返った。そこでポトークは引綱を引いて寺院の鐘を鳴らした。人々が彼とその妻を助けだした。祭司たちは二人に清水を振りかけて、元の通りに生きることを命じた。高齢に達して、ポトークは妻より先に死に、妻は彼とともに、湿った大地に生きながら埋められた。
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| 勇者サドコ | 金持ちの商人。自分の船で青海原を航海する。突然、サドコの船が、海の真ん中で止まったまま進むことができなくなる。サドコは、自分が十二年間青海原の上を航海してきながら、「海の皇帝」に一度も貢物を治めたことがなかったのを思い出す。そこで彼は大きな枕を三つ並べ、第一の腕を混じりけなしの純銀、第二の枕を金と銅の合金で、第三の枕をたぐいまれなる真珠で満たす。それから枕を小さな板の上に乗せ、板事青い海の上に投げる。ところが、小さな板は沈まずに、鴨のように浮かんでいる。サドコは、それを「海の皇帝」はお金を欲しがっているのではなく人間の首をお望みなのだと言う意味に解釈する。籤を引くと「海の皇帝」のところへ行く人がサドコにあたった。彼は、聖ニコライのイコンと愛用のグースリ(ロシア琴)とをもって船を降り、小さな板の上に座る。そのまま眠ってしまい、目が覚めた時は純白の石の宮殿の中にいた。彼は「海の皇帝」の前でグースリを弾く。すると皇帝は踊り出し、その狂おしく激しい踊りのために嵐が起こって、多くの罪のない人々が嵐の海上で命を落とした。踊りと嵐とをとめるために、サドコは己のグースリの弦を着る。幸運にも奇蹟的に陸に戻った後、サドコはそれからまた十二年間、ヴォルガの河の上を航行する。ノヴゴロドに帰りたいと思った時、彼はパンを大きく一切れ切り取ってそれに塩をつけ、ヴォルガの波の上に置く。ヴォルガは彼の親切に感謝して人間の言葉で話しかけ、自分の代理として自分の兄弟、イリメニ湖に挨拶に行くようにと彼に言う。イリメニ湖は、報酬として、サドコに向かって湖の水の中に大きな網を三つかけるようにと言う。網のなかには魚がいっぱい入ってくる。そしてサドコの家の鞍の中に運びこまれると、その不思議な魚たちは銀に変った。 | |
| ヴォールフフ(Волхвы) | 異教時代のスラブ族の半ば祭司半ば呪術師。 | |
| ディイ・ミノーレス | 小神格。小神格については至高神が地上の世界と天上の世界とを創造したとき、彼を取巻いていた精霊たちの一部が彼に謀反をおこし、至高神はその叛徒である精霊を天から追い払い、地上に投げ落とした。彼らのうちの幾人かは家々の屋根や人家の庭に落ちた。森の仲や水の中に落ちて邪悪な心を持ち続けた精霊と反対に彼らは人間たちの交渉の中で好意を示すようになった。とされている。 | |
| ヘルムゴルフ | 年代記作者 | |
| 文法学者サクソン | 年代記作者 | |
| 「言語母論」(マーテル・ウエルボールム) | 1202年、 | |
| オリガ | キエフの最初の女性君主たちの一人。戦士らを率いて戦場に臨んだ。彼らは、ロシアの掟に従って、ペルーンの加護を祈りながら武器にかけて誓った。 | |
| イーゴリ | キエフの大公。ペルーンの偶像の立つ丘の上に登り、そこに己の武器と楯と黄金とを置いた。 | |
| プロコピウス | 六世紀ギリシャの歴史家。 | |
| 修道僧ネーストル | 年代記作者。 | |
| ヴォロネージ | (十八世紀)ソ連、ロシア共和国西部の州 | |
| チーホン座下(ざが) | ギリシャ正教会の主教(十八世紀末頃)、座下はギリシャ正教での主教・大主教・府主教への尊称。 | |
| ブィリーヌィ | 「かつて居た者」という意味(ブィル)からでたブィリーナの複数形で、「年かさのボガトゥィリ(勇者たち)」について語られる物語群と「若いボガトゥイリ」の二つに分けられるキリスト教時代のスラヴ人たちの間における、異教のこうした奇妙な存続形態の資料となるロシア民衆の英雄叙事詩 | |
| 聖ブラース、聖ブレーズ | アルメニアのセバトスの主教、316年殉教。聖ブラースの日(三月十一日)には太陽の光を浴びて、牝牛が脇腹を温め始める。人々は、聖ヴラースに古い呪文の言葉に奇妙によく似た祈りの文句を捧げる。「聖ヴラーズよ、どうか私どもに幸運をお授け下さい、私どもの若い牝牛がつややかな毛並みを持ち、私どもの去勢牡牛がたっぷりと肥えるように」ロシアでは家畜の流行病が流行ると、人々は聖ヴラーズのイコンを手に入れて、司祭の手を煩わすまでもなく、自分で直接それを病気の家畜の所にもって行く。そして、牝羊と牡羊と牡馬と牝牛とを一頭ずつ尾でひとまとめに結び、それから全部を一緒に窪地に連れて行き、そこでそれらを石で殴り殺してしまう。(これは異教の祭儀の名残であると、「不浄なる秘教的諸力(テーニシェフ公民俗学研究所紀要、モスクワ、1903)」著者マクシーモフは述べている。)この生け贄を捧げる間、人々は次のような歌を歌う。「お前を石で殴り殺そう。お前を地中に埋めよう。お前を地中に埋めよう、牝牛たちの死神よ、お前を深いところに追いやろう。お前はもう二度と我らの村には戻ってこられないだろう!」それから、生け贄にされた獣たちの死体の上に藁と薪とを積み上げて、それらを完全に燃やしてしまう。聖ブラーズの教会は常に昔の牧場の端にある。 | |
二体の神があり、一体は天に、一体は地にいる。
ウクライナの間では、「お前なんぞ黒い神にやられてしまうがいい!」という表現がある。
白ロシアではベルーン(白いの意味で派生語)の存在が信じられている。
広く知られた伝説の中で、この神は、白い衣を着て白いひげを持った老人の姿で現れる。昼間しか姿を見せず、その行為は常に全行に限られる。路に迷った旅人を危険からたすけ、畑の農夫を助ける。
ビザンチン帝国のある年代記作者(ジャン・マラーラ)は、異教時代のスラブ族の宇宙創造説的神話を「スヴァローグの後を継いで、「太陽」は王であり、スヴァローグの息子であって、ダジボーグが支配者の位置についた。・・・「太陽」は王であり、スヴァローグの息子であって、ダジボーグと名付けられている。彼は強力な支配者だったからである。
キリストの未知の崇拝者と呼ばれる異教時代のスラヴ族について述べた古い時代の著述家は「彼らはまた、火をスヴァロギッチと呼んで、それに祈りを捧げている。」と書いている。
アファナーシエフはダジボーグを「天の擬人化神としてのスヴァローグはあるときは太陽の光に照らされ、ある時は雲に覆われて電光に輝いて、「太陽」と「火」との父と考えられていた。立ち込める雲の闇の中で、スヴァローグは稲妻の炎を点じ、かくして天上の火の創造者として現れる。地上の火は、稲妻の形で地上にもたらされた神の贈り物だった。スラヴ民族がなぜ火をスヴァローグの息子として崇敬していたかが、このことからわかるだろう。それから、スヴァローグは、稲妻の矢で立ち込める雲を刺し貫いて白日の太陽を輝き出させ、古代のメタフォリック(隠喩的)な言語で語りかけつつ、闇の悪霊たちによって消されていた太陽の松明に火を点じる。こうした詩的概念は夜のとばりを開けて上る朝日についても同様に当てはまった。日の出に、そして、朝毎に太陽の炎が紅く燃え上がるのに、太陽の再生という観念が結び付けられた。スヴァローグは、だから「太陽」に生命を与え、ダジボーグをこの世に生み出した神であった。」
スラヴのいくつかの神話や伝説は、スラヴ語の「月」の名が男性であるのに対して、多くの伝説は月を若い娘として表し、夏の始めに太陽と結婚し、冬になると、翌年の春が来るまで太陽と別れる、と説明する。
太陽と月との夫婦は星たちを産む。この夫婦の機嫌が悪く、仲が険悪な時、地震が起きる。別の神話では、反対にメーシャツ(月)が夫で、太陽は妻である。ウクライナの歌謡は(皓々と照るメーシャツ)が主人として住んでいる大宮殿(天空)について歌っていて太陽が妻で子供たちは星である。
スラヴの魔よけの文句には美しく可憐な月に向かって、病の治癒を祈るものなどがある。
ウクライナの伝説歌謡の主人公は可憐な太陽に「神よ、我を助けたまえ、一人の男を!」と訴える。
ポーランドのガリチア地方のスラヴ人は今日でも誰かに不幸を望むとき「お前なんぞ太陽に殺されてしまうがいい!」という。
クロアチアの農民は、「太陽がお前へのわしの恨みを晴らしてくれるように!」という。
オーロラについて、太陽の神話の時代の後の神話では「天に三人の姉妹、三人の可憐な乙女ゾリャーがいる。「夕暮れのゾリャー」と「真夜中のゾリャー」と「夜明けのゾリャー」とである。彼女らは、鉄の鎖によって「こぐま座」に繋がれた一頭の犬を守る任務を負わされている。鎖がもし切れたとしたら、その時は世界の終りがやってくるだろう。」
セルビアの伝説歌謡のなかでメーシャツがジェニーツァを咎めて「お前はどこに行っていたのだ、星のジェニーツァよ?いったいどこに行っていたのだ?どこでお前は自分の日々を無駄に過ごしていたのだ?どこで自分の日々を、明るい日々を、三日も無駄に過ごしていたのだ?」
ロシアの古い魔よけの文句の中で、ジェニーツァは、神々のうちでも最も偉大な神とほとんど等しい神格を持つ神として現れる。(朝起きたらば)(神とジェニーツァに祈りを捧げよう!)
魔よけの文句で「宵の明星」に向かって「わが母なるヴェチェールニャヤ・ズヴェズダー(宵の明星)よ。私はあなたに訴えます、あの十二人の娘たち、十二人の禍の娘たち(熱病)のことを」
八月になると農夫たちが夜明に大麻油を満たした壺をもって野にやってきて東を向いて「母なる湿潤の大地よ、すべての悪しき邪な存在を制したまえ。それが私たちに呪いをかけたり、何等かの危害を加えたりすることのないように」この祈りを唱えながら彼らは油を地上に注ぐ。それから西方を向いて「母なる湿潤の大地よ、あなたの沸き立つ深淵のなか、あなたの燃える火のなかに、よこしまな力を呑みつくしたまえ。」南方を向いて「母なる湿潤の大地よ、南からくる風とすべての悪天候とを穏やかになしたまえ!流砂と旋風とをやわらげたまえ」最後に北方を向いて「母なる湿潤の大地よ、北風と黒雲とを鎮め、寒気と吹雪とを抑えたまえ!」それぞれの祈りの後で、油を注ぎ、それからその油を入れておいた壺を大地に投げる。
ロシアのいくつかの地方では、農夫は、棒かあるいは単に指でもって地面に穴を掘り、そこに耳を押し当てて、「大地」が彼に語り掛ける言葉を聞く。その時雪の上を荷をいっぱいに積んだ橇の音を思い出させるような音を聞くならば、その年の収穫は豊かだろう。もし反対に空っぽの橇の音を聞いたならば、収穫は貧しい。
古くから伝わるある奇妙な儀式。第一次世界大戦の直前に、農夫たちが、自分たちの村を悪疫l(ペストやコレラなど)の流行から守るために、その儀式に助けを求めたことがあった。真夜中に、老婆たちが村中を走りまわって男たちに知られぬように村の女たちを呼び集めた。九人の処女と三人の寡婦が選ばれ、村の外に連れ出された。彼女らはそこで自分らと一緒にやってきた女たちとともに服を脱ぎ、肌着一枚になった。処女たちは髪を解き、寡婦たちは頭を白いショールで覆った。一人の寡婦が鋤に繋がれ、別の一人の寡婦がその鋤を引いた。九人の処女たちは鎌を用意し、他の女たちは動物の頭蓋骨に至るまで数々の恐ろしげな品物を身に付けた。病気の芽生えを無力化してしまう大地の強力な精気に出口を造ってやるために鋤で溝を掘りながら、行列はわめき叫んで村の周りを練り歩いた。不運にも行列にぶつかった男たちは、一人残らず容赦なく打ちのめされたという。
ドヴォロヴォーイの一人がある娘に心を奪われ幾年も一緒に暮らしたことがあった。精霊は娘の髪を編み、その編毛を解くことを禁じた。娘が三十五歳になったとき、ある男と結婚したいと望み、その婚礼の前夜、初めて髪を解いた。翌朝、娘は寝台の上でドヴォロヴォーイに首を絞められて死んでいるのが発見された。
スラヴ民族が他の諸民族(スカンディナヴィアやゲルマン諸民族)との接触を始めていたスラヴ世界のはずれの地域では、彼らの神話は、その素朴な原始的性格を失い、新たな霊感を見出して、簡略化のより少ない新たな形式をとっていた。
現代ロシアの学者の幾人かは異教スラヴにおける二つの神話(ほとんど宗教)をはっきり区別したいという意向を示している。一つは農夫・猟師・漁師からなる民衆の大集団に属する神話で、もう一つはより高次の階級、都市と防備を固めた城壁内の住民たちの神話。
スヴャトヴィートの他にスラヴ世界の西方支脈の諸民族の間には好戦的な性格を具えたいくつかの神格があるとされる。
キエフの最初の大公たちがギリシャとの戦争を名誉ある平和で終わらせたとき、彼らの軍隊は、ペルーンの名を引き合いに出しながら彼らの武器にかけて誓いを立てた。(オリガ、イーゴリ)
六世紀ギリシャの歴史家プロコピウスの記述「彼ら、スラヴ人たちが、宇宙の唯一の支配者と認めているのは、稲妻を作り出す神である。」
キエフの公国はヴァリャーグ(スカンディナヴィアの戦士)たちによって建設された国。
ネーストルはオリガの戦士たちが「彼らの神ペルーンと動物たちの神ヴォーロスとに籠を祈りながら、彼らの武器にかけて誓った。」と記している。スヴャトスラフ大公とその戦士たちは「我らの信ずる神ペルーンと動物たちの神ヴォーロスとの前で約束せる誓いによって、我らが互いに結ばれるように」と宣言している。
ゾリャーが光の神「太陽」の傍らに留まる限り、彼女は単に「太陽」の黄金の宮殿の扉を守る女万人に過ぎないが、彼女が戦争の神ペルーンと出会ったとき、優しい女神ゾリャーは武装して戦う処女、その長いヴェールで戦士らを守る守護神として現れる。この女神に加護を求めるときは、次のように言った。「聖女よ、あなたの父の聖なる剣を抜き、あなたの先祖の鎧を着、あなたのものなる勇者の兜を頭にかぶり、あなたの黒い馬を引き出して、一面に広がる野をおかけください。広がる野には、無数の武器を持つ強力な軍勢がいます。聖女よ、あなたのヴェールで私を蔽い、あらゆる敵の力から、銃と矢から、すべての敵とすべての武器とから、樹の武器、骨の武器、鋼の武器、銅の武器から、どうか私をお守りください。」
スヴャトヴィート崇拝はアルコナで寺院と聖職者階級を持っていたけれども、他の諸地方のスラヴ人たちは寺院も聖職者階級も知らなかった。キエフではペルーンの偶像は露天の丘の上に建てられ、聖職者の職務は都市の軍事上の指導者「クニャージ(大公)」によって果たされた。
キエフ大公ヴラジーミルが988年にビザンチンのギリシャ正教に改宗しようと考えたとき、彼は彼の戦士たち全員に洗礼を受けることを命じた。ペルーンの偶像はひっくり返されてドニエプル河に投げ込まれ、歴史はペルーンの信者たちが彼らの神のために行った何らかの闘いの如何なる痕跡をも残さなかった。これはペルーンの信仰や神話が民衆の間に行われていた信仰ではなく支配階層である戦士たちのそれであったということを表す。
ホロヴォージェが神の偉大な恵みを褒めたたえる歌
神が足を置かれた土に
麦は伸びる 高々と、
神が視線を投げた土に
麦の穂は垂れる 花のように・・・
水の神秘的な力。死んだ水(溜水)と生きた水(湧水)の話。ある伝説の主人公が敵の剣で非業(ひごう)の死を遂げ、その身体をばらばらに切り裂かれて地上に横たえられた時、妖精が死んだ水を彼に注ぐとばらばらの手足が再びくっつき、次いで生きた水を灌ぐ(そそぐ)と完全に生き返ったという。
古代のスラヴ人たちは聖なる泉を崇拝し、その傍には、しばしば祈禱と生け贄を捧げる場所が作られてきた。いくつかの地方では、十九世紀の終り頃、まだ(水に許しを乞う)奇妙な風習が残っていた。病人が自分の病気を治すために水に許しを乞う。そのやり方は水に向かって頭を下げ、次のような古い呪文の言葉を三度口に唱えながら、水中に一切れのパンを捧げる。「私はあなたの所へやってまいりました、頭を垂れ、罪を悔いて。敬愛する母なる水よ。どうか私をお許しください。水の祖父にして先祖なる者たちよ、あなた方もどうか、私をお許しください。」
スラヴ諸地方の大河(ドナウ、ドニエプル、ドン、ヴォルガ)がロシアのブィリーヌィ(叙事詩)によって半人半神の伝説的英雄の姿で賛美され、擬人化されて、神のように崇められていた。
クパーラ祭りの朝、夜明ごろに、(プラクーン=トラヴァー:涙の草、植物学上は、ミソハギ)を探さなければならない。その根には、罪深い悪魔どもを馴らし抑える力があるのだ。この草を持った呪術師は、魔よけの文句を唱える。「涙の草よ!涙の草よ!お前は久しく多くの涙を流してきたが、お前が得たのは取るに足りないものだった。もはやお前の涙がこの開かれた野に流されることのないように!お前のすすり泣く鳴き声が、青海原の上に響き聞こえることのないように!よこしまなる悪魔や悪魔に類する輩どもを、また老いたる魔女たちを、恐れおののかせるように!もしも奴らがお前に従わなければ、奴らをお前の涙の中で溺れさせてしまえ。もしも奴らがお前の眼を逃れようとしたら、深淵と渦の中に閉じ込めてしまえ。私の言葉が幾十世紀もの長い間、強く確かであるように!」。
(ラズルィフ=トラヴァー:砕く草、植物学上はユキノシタ)は昼間の間に採集しなければならない。この草には、鉄、金、銀、銅をただ触れるだけで粉々に砕いてしまう効力がある。鎌がこの草にあたると鎌の方が折れる。その場合は、刈った草を全部集めて水中に投げ込まなければならない。そして砕く草は水面に浮かんでくる。
別に名のない草は一層不思議な力がある。この草を身に付けて持っている人間は、他のあらゆる人間の考えていることを言い当てる。クパーラの真の聖なる草は羊歯(しだ)である。それは多くの神話や民間伝説によれば、この草は一年に一度、クパーラの夜にしか、花を(より正確には一つの花を)つけないからである。この花には無限の力がある。たまたまこの花を摘むことができた者には、王や最も権力ある専制君主たちでさえ屈服する。その男は、悪魔たちをも支配する。宝の有りかをしり、最も貴重な財宝にでも、もっとも美しい女たちにでも、どこにでも近づくことができる。だが、クパーラの花である羊歯の(火の花)は、悪魔たちによって用心深く守られている。この花を摘むためには、真夜中になる前、魔法の花が出現する時刻よりも前に、森に行かなければならない。花のつぼみは茎に沿って生き物のように登ってくる。十分に熟すると、ちょうど真夜中に、激しい音を立てて二つに裂け、火の花が咲く。じっと見ていることがついにできないほどの強烈な閃光を放って、輝き燃える火の花である。この草を取ろうとする勇気のあるものは、花の回りに魔法の円を引いて、そこから出ないようにしなければならない。彼を怖がらせるために悪魔たちが装った様々の怪物たちの方を見てはならない。また彼に呼び掛ける様々の声にこたえてはならない。もしもそうしたら、彼の姿はたちまち消されてしまう。クパーラの夜には、木々は自分の生えている土地を出て、移動し、互いに或る不思議な言葉で話し合う力を得る。ただクパーラの花(火の花)を手に入れた幸運なものだけが、その言葉を理解することができる。
スラヴ人たちはキリスト教時代に入っても自分たちの異教を無意識に記憶していた。ギリシャ正教を報じるスラヴ人たちの間では異教とキリスト教との共存共生を結んだ。(二重信仰)農村の聖職者たち自身がこの宗教的共生を黙認しようとしていたロシアで顕著だった。
異教時代の葬式の名残。異教時代のスラヴ人たちの間では、妻は夫が死ぬと進んでその後を追ったという。
「聖なるルーシになぜもはや勇者たちはいないのか」ある戦いに勝った後で勇者たちの一人が、自慢話をしながらこう言ってしまった。「もし今、われわれの前に、あの世の軍勢が現れたとしても、われわれはそれをも打ち負かせて見せよう」と。その途端、二人の見知らぬ戦士が現れて、勇者たちに戦いを挑んだ。一人の勇者が彼らに剣の一撃を加え、それぞれを真二つに斬った。だが、二人の戦士に代わって四人の新しい戦士が、みなぴんぴん生きている戦士たちが現れただけだった。その四人の代わりにまた新しい八人の戦士、みなぴんぴん生きている戦士たちが現れると言うように、どこまで行っても同じことで、戦士たちの数は果てしなく、数知れぬ。三日と三時間と三分間、勇者たちは相変わらず増え続けるあの世の軍勢と戦った。力の強い勇者たちも、さすがに怖くなった。彼らは石の山や暗い洞窟の中に走り込んだ。ところがそこに駆け込んだ勇者たちは、一人残らず石と化していた。その時以来、この聖なるルーシにもはや勇者たちはいないのだ。
埋葬が終わった後で、故人の友人たちは、死者を悼む会食へと招かれる。彼らは墓地からそのまま会食の場所へと出かけ、たらふく飲んだり食ったりする。これは、異教時代のスラヴ人たちの間で行われていた死の精霊に捧げる饗宴、昔の(トリーズナ)の名残。復活祭後の一週間の間に、多くのスラヴ諸地方では、ギリシャ正教徒の一家が墓地へ出かけて、彼らの祖先や近親者たちの墓の上で飲み食いする。余った飲み物は墓の上に注がれる。クパーラの日に摘まれた涙の草の所有者が唱えなければならない呪文の言葉が、教会内のイコンの前で唱えられなければならない。クパーラの祭りがキリスト教導入後に、夏至(六月二十一日)から授洗者聖イオアン(洗礼者ヨハネのこと)の日(六月二十四日)の日にごく近い日へと移された。イオアンは多くのスラヴ系言語ではイヴァンという。多くのスラヴ諸地方では、クパーラの祭りが、「イヴァン=クパーラの祭り」となった。異教的風習がキリスト教導入後も宗教的儀式の基本部分として残っている。
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リトワニアの神話
リトワニア民族:リトワニア語はヒンドスタンの聖典の言語(イデオム)によって伝えられたサンスクリット方言に近い。田園民族。スカンディナヴィアやゲルマンの部族から侵入や軍事的遠征の被害をうけた結果戦闘的な指導体制が形成された。リトワニア人の異教崇拝はスラヴ人よりも長く続いた。キリスト教は授産精気の中ごろになってようやく姿を現した。十四世紀の間を通してその古代宗教は損なわれずに残ってた。いくつかの地域では宗教改修の時代でもカトリック教に抵抗していた。リトワニアの宗教はキリスト教によって絶滅された。現在ではキリスト教の形式をとおしてのみ痕跡を発見できる。
現在のリトワニア国:北西部はプロシャ、北部はクールランド(現在のラトヴィア)、東部と南部はスラヴ族の住むロシアとポーランド
リトワニアの地域
| 名称 | 概要 |
| シャウリャイの十字架の山 | |
リトワニアに関する書籍や人物
| 名称 | 概要 |
| プロシャ大地年代記 | 十三世紀末、十四世紀初頭にかかれた。(ペトリュス・ド・デュイスプルグ著)P98参照 |
| T・ナルブット | |
| A・ミエルジンスキー | 「火の司祭、クリウェーに関する研究」(1893年ヴィルナにおける第九回考古学会議論文集・第一巻) |
リトワニアでの崇拝の対象
| 対象名 | 概要 |
| 聖なる森 | リトワニアは森林に恵まれている。森への崇拝が素朴で主要な信仰の対象だった。鳥や獣を狩ることは一切禁じられていた。また、追われて迫害から逃れた人間にとっての隠れ家としての役割を果たした。 |
| 樹木崇拝 | 人間の生命とその運命とが樹木の生命に結び付けられていたほどに、樹木は彼らにとって親密な、また彼らと精神的に依存しあう存在であった。もしも、ある人間の死後、その人間牡愛していた気が枯れずに残っていたならば、それは、故人の魂がその気の中に移り住んだことを意味していた。・・・いくつかの地方では、森のざわめきと枝々の触れ合う音とが、死者たちの魂がそこにとどまっている徴と考えられていた。(P・クリマス)樹木の崇拝は強く地面から根扱ぎにすることや、その枝や梢を折ることは固く禁じられた。キリスト教徒によって樹木を引っこ抜かれたり伐り倒されたとき血が流れないのを見てリトワニア人たちは驚いた。プロシャのロムヴァ(またはロモヴェー)に、リトワニア人たちが集まってその下で祈りを唱える樫の木があった。1351年から55年の間にも住民たちのこの風習はまだ止まずに残っていたため司教ヨハネス一世の依頼で十字架騎士団の体調がその樫の木を伐り倒すように命令を下した。また、シモン・グルーノーのような昔の年代記作者たちは、子の樫の木が冬も夏のように緑の葉をつけていたと断言し、その不思議な力を、この樹に宿り、異教の神の姿をして人々の尊敬を受けていた悪魔たちの働きによるものとしている。1258年には、スヴェンタミエスティスで、司教アンセルムが別の聖なる樫の木を伐り倒すように命じている。その仕事を引き受けさせられた男が斧で瀕死の怪我をしたので、司教自身が斧を取ったが失敗し、鉄の刃では傷つけることのできなかったその木を、ついに燃やさなければならなかった。樫の木崇拝の名残は今もこの樹の多くを飾る聖像に見出される。この聖像は昔の異教の祭儀のキリスト教的適応に他ならない。樫の木に這えた宿り木は、特殊な力を具えていた。その宿り木の枝を身に付けた人間は、傷つけられず、自分の放つ矢がきっと当たって相手を傷つけると確信していた。柳への崇拝は十八世紀の末、十九世紀の初頭には、まだかなりの範囲にわたって残っていた。同時代のある証言によれば、1805年、ネマン河右岸のカルネナイの村で、花冠を飾った柳の木の前で(幸福と多産)を祈る農婦たちの姿が見られた。カトリックの祭司たちは、自分の教区の女性信者たちにこの異教の祭儀を止めるよう説得することに絶望し、ついにその柳の木にキリストの十字架象をかけた。こうした柳への崇拝にはブリンダの伝説が結びつけられている(ブリンダとはリトワニア語で柳の意)。ブリンダは不思議な力を持った女性で、自然な普通の方法だけでなく、手からも足からも頭からも、彼女の肉体の他のどの部分からも子供を産むことができた。大地はブリンダの不思議な力をねたみ、彼女が湿った草原を歩いているある日、その両足を地中に埋め込ませた。大地がブリンダの両足をこのように閉じ込めてしまったので、彼女はもう動くことができなくなり、木に変わってしまった。 |
| 動物崇拝 | 法皇インノセント三世は教書の中で、リトワニア人たちが動物に宗教的尊敬を払っていることを非難している(animalia bruta)昔の年代記作者デュイスブルグは異教時代のリトワニア人たちの間では動物崇拝がひき蛙にまで及んでいたと書いている。大鹿は特別な宗教的崇拝の対象で、神の僕とされた。この動物は特別に指定された森の中で守られていた。野牛については、リトワニア民族を守る守護聖人のひとりにまで祭り上げられ、戦士たちは、その皮を己の死から守ってくれる最も確実な護符として身に付けて戦場に赴いた。いくつかの迷信のなかには、犬への崇拝の痕跡が見だされる。犬たちは事件や不幸を予感する超自然的な能力を持つと考えられている。白色の動物(馬や山羊などの)は、特に神聖視され、生け贄の儀式の間、神への捧げものとしての役を務めるだけだった。鳥は、未来を知って予言する能力を持つ高級で神聖な生き物とみなされていた。鳥の神秘に満ちた言葉を解釈することを仕事とする特殊な呪術師たちさえいた。だが、森や野や川や沼のあらゆる動物たちの間で最も神聖な生き物とされていたのは、蛇であった。ブレトリウスやブレトクナスによる確実な証言によれば、異教時代には、リトワニア人たちは各人が自分の家に蛇を一匹ずつ飼っていたという。人々は蛇を住まいの中に導き入れていくれる特殊な呪術師たちのところへ出向く。住まいの片隅には、蛇のための寝床が用意されていた。住居者たちは蛇を愛情と宗教的尊敬とをもって世話し養った。なぜなら、蛇は家の守護者と考えられていたからである。 |
| 死者たちの魂 | リトワニア人たちの間では樹木に死者たちの魂が移り住むのみではなく、生まれたばかりの赤子や、いろいろな動物の肉体の中にも、移り住むことを信じていた。死者たちの魂は、生きた人間たちとほとんど肉体的に合体したまま、彼らの心遣いを利用し、彼らの食事を共有することができた。ここ数世紀の間、旧リトワニア人たちは死者たちの魂のために、食物を食卓の下に投げ、飲み物を地面に注ぎ続けてきた。多くの民間伝説が、春に行われていた魂の日のことを伝えている。その日には、故人の魂たちは、生きている人々の所やって来て、その人々の間に浮かんでいることができる。死者の側からも、先祖の人々や個人となった親類縁者たちが、近親者のために様々の手助けをしてやることができる。ある伝説の物語るところによると、昔、あの世の風習と秘密とをすでに知った幾人かの死者たちの魂が、彼らの親族の一人に恩恵を施してやろうとして、その秘密を利用したことがあった。すなわち、その男が死んで魂たちのすまいの前に現れたとき、死者である親類の者たちが彼のために(魂の閂)を開けてやり、その白い腕を取って、誰も彼に危害を加えることができないように、幸運な者たちの間に導き、魂の椅子に座らせてやったのである。あるリトワニア人の女が夫の死を嘆き悲しんで、先に死んだ親類縁者たちにその歎きを語った「あなた方の婿、私の夫のために、どうか彼の白い腕を取って、魂の扉を開けてやってください。あなた方はもうずっと前からそこにおすみになって、どうやればよいかご存じなのですから」。魂の住まいは、閉じられた場所として表され、死んだ人間は、先祖や親類縁者の支援によって扉を通ってその中に入る。ある証言ではリトワニア人たちは、魂の住まいには九つの扉があると信じていた。異教時代に最も広範囲に行われていた慣習の一つはそれぞれの墓所の根本に様々の飾りで飾られた、板か樹の幹でできた木製の墓碑を建てることだった。これは死者の霊がそれに捕まって墓からでるのに利用することができるようにという意図による。飾りには心臓や、馬の頭や、花の絵や鳥や太陽を象徴するものや、遺骨壺がある。キリスト教がリトワニアに根をおろすと、それらの墓碑は、その上に従事かを載せるとか、聖像を内に治めた小さな聖堂を付ける等キリスト教的性格を与えられた。J・バサナヴィシウスは「これらの墓碑は、キルクスタイ(洗礼の意)と呼ばれているにもかかわらず、キリスト教的なのはその名前だけにすぎない。太陽神、月神、蛇神などがなお秘密の象徴として十字架の上に住み、鳥はそこで死者たちの霊を鎮めるために歌い、鈴は死者たちの霊に敬意を表してなり続けている」。1426年に、ザムブルの司教ミカエルが、こうした十字架を破壊することを命じ、新しく建てることも禁じた。「何人も死者の墓の傍らに十字架を建ててはならない」と。しかしこの禁令は無視された。十字架は、墓の上だけでなく、道端にも、四辻にも、森の中にも、野原の中にも、増え続けた。今日でもリトワニア中に無数に達、この国の最も奇妙な特色の一つとさえなっている。 |
| 火への信仰 | リトワニアのいくつかの部族の信仰によれば、死者たちの魂は、彼岸の世界に移る前に、火の司祭長の前に出頭しなければならない。1370年に総大司教フィロッテはリトワニア人を「神を冒涜する火の崇拝者たち」と呼んだ。歴史的証言としては十四世紀のリトワニア人たちは「聖火の炉を人々の近づけない森の中に隠し、その炉の中に永遠の焔を絶やさぬように守っていた。というのは、彼らは、この聖火が消えると彼らの民族に危険が迫ると信じていたからである。」森の奥深くに焔を隠しておく習慣は、古い異教の祭儀を迫害する攻撃的なキリスト教の出現の後に、ようやく広まったことでそれ以前は火への崇拝は、自由にいたるところで行われていた。P・クリマスは信じるに足る資料に基づいて「異教時代にはほとんどのリトワニア人がそれぞれ自分の炉に燃える(聖火)を崇拝し、家族の長とその家の主婦は、この神聖な小さな火が消えないように注意していた。というのは、その日が消えることは、重大な不幸を意味しているからである」と言っている。リトワニアの女性が夕方、炉の燠(おき)に火をつける時「聖なる火よ、わたくしたちに平和と歓びとをお与えください」と祈りの文句を述べていたのは、今からまだそう遠い時代のことではない。火葬は異教時代のリトワニア人の間で特に好まれた葬儀形式だった。リトワニア人たちが死者の肉体を地中に埋め始めたのは、それより後の時代になってからである。ある伝説は一人の息子が死んだ父親の肉体を地中に埋めたが、そこでは肉体を無視に喰われて死者は平安が得られなかった。息子は肉体を地面から掘り出し、木の洞の中に収めた。だが、そこでも同様に死者は平安を得られず、蜜蜂や蚊の群れに悩まされた。そこで、息子は父親の肉体を薪の上にのせて燃やした。それから父親に具合はいいかと尋ねると、父親はゆりかごのなかにいるように安らかに眠れたと答えた。 |
| 天体 | 天体への崇拝はリトワニア神話の中で重要な位置を占める。特に太陽神に関する神話は、リトワニアの最も古い神話に属する。リトワニアのラトヴィアの民間伝承の中には、その痕跡がある。(ラトヴィアの民衆詩がここでは特に豊富で貴重な資料である)リトワニア語で太陽(サウレー)は女性で、月の名(メーヌオ)は男性。それゆえメーヌオは夫か花婿で、サウレーは妻か花嫁。「太陽の宮殿は、松明の火よりも明るい煌めく四輪馬車に乗って、この宮殿からでて、三頭の馬がこの馬車に繋がれていたが、一頭は銀の馬、もう一頭は金の馬、もう一頭はダイヤモンドの馬だった。荘厳(そうごん)な行程をたどって太陽は全世界を回り(古代のリトワニア人にとって世界は球状ではなく、(ターレル:ドイツの古銀貨)のように平たくて丸いものであった。海に近づくとそこで水浴をするために姿を没し、夜が来ると宮殿に戻った。」。リトワニア語では男性の「月」(メーヌオ)は夜の帝王であり、時の支配者であった。だが、彼のたどる行程は一定せず、またその姿も始終変わった。「太陽」の夫である「月」は妻の通る道を後からそのままたどることを嫌い、「明けの明星」に恋して次第に「太陽」から離れ、「明けの明星」に近づいた。そのために「月」は神ペルクナスに罰せられ、その鋭い剣で真っ二つに斬られてしまった。「明けの明星」(アウスリネー)は、神話的起源の明らかな無数の歌謡のなかに姿を見せる。
『「明けの明星」が婚礼の式を挙げていた。
ペルクナスが馬に乗って戸口を出、
青々と茂る樫の木を引き裂いた。
血が樫の木から迸った。
私の衣は地に汚れ、
わたしの冠は地に濡れた。
「太陽」の娘は涙を流した。
三年の間、木の葉を集め、
休む暇もなく木の葉を集めた。
「衣を洗いに、母さん、
私はどこに行ったらいいの?
どこで、この血を、洗い落とせばいいんでしょう?
―お行き、私の可愛い娘、
お行き、小さな湖に、
九つの河が身を投げている湖に
―その衣を乾かしに、母さん、
わたしはどこに行ったらいいの?
どこにかけて、風に乾かしたらいいんでしょう?
―庭にお行き、かわいい子、
九つのバラが咲いている庭の中。
―それじゃ母さん、いつのこと、
渡井が小さな衣を着られるのは?
綺麗に洗った白い衣を着られるのは?
―かわいい娘よ それは九つの太陽が
真っ赤に燃えるその日です」』
「宵の明星」(ヴァカリネー)もまた「太陽」の娘で、「太陽」に仕えている。プロシャ系リトワニアの古い歌謡は、この星について次のような言葉で語っている。
『昨日のこと 昨夜のこと
あたしの雌羊が道に迷った。
ああ!あたしのただ一頭の可愛い雌羊、
鉄だって探してくれるのは誰でしょう?
「明けの明星」を訪ねると、
「明けの明星」はあたしに答えた。
―朝早くから
わたしは「太陽」に火をつけなければならないのです。
「宵の明星」を訪ねると、
「宵の明星」はあたしに言った。
―夜になると
わたしは「太陽」に寝床を用意しなければならないのです。
あたしはそこで「月」を訪ねた。
「月」はあたしにこう答えた。
―わたしは剣で引き裂かれ
顔は悲しみで曇っている。
あたしはそこで「太陽」を訪ねた。
「太陽」はあたしに言った。
―九日の間、探してあげる。
十日目には わたしは床に着かないでしょう。』
他の天体(惑星やその他の星たち)もまた、異教時代のリトワニア人(ラトヴィア人も)にとっては、「太陽」と「月」との子供たちであった。それらは、人間が地上で送る生活に似た生活を、天上で送っていた。T・ナルブットは、昔のリトワニア人たちが様々の天体を示すのに、きわめて画趣に富んだ独特の呼称を用いていたことを、強調している。「天の河」は、リトワニア語では「パウクスシウ・ケリアス」すなわち「鳥たちの道」と呼ばれている。
「大地」は花々を起き上がらせるものまたは花々を運ぶものという異名を持っていた。「大地」はまた、人間んとその労働を守護する神格として崇拝されていた。異教時代のリトワニア人は、野良仕事を始める時や、春、家畜たちを草原に連れ出す時や、また新しい家を建てる時などには、大地に向かって祈りをささげた。「大地」はその土地土地の主であるゼムパティスと呼ばれる大勢の兄弟たちを持っており、彼らの一人一人がそれぞれ人間牡住む住まいを一軒ずつ受け持って、その守護にあたっていた。
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アニミズム:生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは魂が宿っているという考え方。
リトワニアの異教の区分
- 田園の民衆の間に広まっているより原初的な宗教を含むもの
- 組織だてられた神話
昔の年代記作者の何人かは、リトワニアの諸神格の間では、三体の神格が特に有名で、特に崇敬されていた、と主張している。
リトワニアの神
| 名称 | 概要 |
| リトワニアで尊崇されている三体の神格 |
| パトリムパス(アトリムパス) | (ナルプットによれば)海と水の神で、同時に人間に、その最も基本的な要求を満足させるために必要な一切のものを与えてくれる神。ナルプットはこの神の二重の役割は少しも矛盾しあうものではない、なぜなら原始時代の哲学は、水を、あらゆる有機体がそこから生まれた実質と考えていたのだから、と説明している。パトリムパスはあらゆる生命の根底にある高貴な基本的要素の支配者で、永遠の青春を齎し、動植物の無限の成長を促す豊かな根源であるところの基本的な神格。ある時は頭に麦の穂の冠をかぶった若い男の姿で表され、またあるときは、人間の頭を持ち、渦巻状に立ち上がる蛇の姿で、現されることもあった。パトリムパスの象徴は、一束の麦の穂で覆われ、水の入った壺で、これは蛇の住まいの役割を果たしていた。人々は、パトリムパスに海でとれた龍涎香(りゅうぜんこう)を捧げたが、また幾人かの著作家によれば、ある時代には、幼い子供を殺して、人間の生贄を捧げたこともあったと言う。 |
| ピクラス | 悪と憎しみと死との神。この神は人間たちを怒りうるすべての不幸で打ち倒す力を持っていた。そして時々、嶮しい目つきと青ざめた顔、それに白いひげを持つ老人の姿をして、人間たちの前に現れた。ピクラスが三度続けて現れたときは、生け贄を捧げることによってしか避けられない不幸が来ることを予告していた。この神はしばしば人間の血を要求した。地獄が彼の住まいであった。
T・ナルブットは(十九世紀初頭に)、ピクラスが、女王にして女神たるクルミネーの娘、美しい王女ニヨラの誘拐者として現れる不思議な伝説を採集している。「ニヨラはあるとき母親の居城にいて、窓の前を流れる川の中から生え出ている綺麗な花を見た。若い王女はそう深くもない水の中に入った。すると突然、彼女の脚のしたで川床が開き、彼女をあっという間に飲み込んでしまた。悲嘆にくれるクルミネーは、娘を探して世界中を歩き廻りながら、土地を耕し穀物を植える方法を学んで、それをリトワニア人たちに伝えた。ある日、彼女の従者たちが畑を作るために広野を開墾しているとき、彼女はそこに、女王クルミネーの娘のために神々によって用意された運命が刻んである石を発見した。クルミネーは、娘の仇を討つために、ピクラスの地下の王国へと急いだが、そこで自分の目の前に、不死の人となって大勢の子供たちに取り囲まれているニヨラの姿を見たとき、その驚きはいかばかりであったろう。子供たちは祖母であるこの所の足元にひれ伏して許しを乞う。クルミネーは、娘の側に数年間とどまり、それからリトワニアの地上に戻ってきたとき、そこが以前とは全く違っているのを発見した。そこにはもはや病気も戦争も飢饉もなく、すべてが秩序と平和と繁栄と幸福とに包まれていた。」(デメテル、コレー神話に似ているとされている) |
| ペルクナス | ナルブット曰く、異教リトワニアの(雷神ジュピター)。神々の王、天と地の王、自然の支配者。ドイツの古い年代記ではヴィルナ地方で発見された神殿(リトワニア語で「雷鳴」(ドネルシユラーク)を意味する名、ペルクン、またはペルクナス)について、「その神はまさしくリトワニアのゼウスであった。」と書かれている。同年代記はペルクナスは様残なお地方、様々の部族で、異なった呼称の許に知られていた、と断言している。ラトヴィア人たちは「天で太鼓を鳴らすもの」というあだ名を付け、この神を「ウェザイス」とか「ウェザイス・テウス」とか(老人、年寄りのおやじという意味)呼んだ。雷が鳴ると農夫たちは「老人がぶつぶつ言っているぞ!」とか「老人がまだあそこにいるぞ!」とか言う。ペルクナスが登場する神話的な歌謡はラトヴィア系リトワニアの民間伝承の中に特に多い。ペルクナスは、そこでは雷鳴と雷雨の神として、または「天の鍛冶師」として表される。この神はあるときは「ジュピター」の特徴を、あるときは「ヴァルカン(ローマ神話の火と鍛冶の神)」の特徴を持っている。
『鍛冶師が天で仕事をしていた。
燠が大河の中に落っこちた。
鍛冶師は拍車を鍛えていた、「太陽」の息子のために。
鍛冶師は指輪を作っていた、「太陽」の娘のために。』
『ペルクナスよ、お前の稲妻を泉の中に投げてくれ!
お前の稲妻を、そこに、水の底にまで!
昨夜、「太陽」の娘が溺れたのだ、
洗い物をしているときに・・・』
クリマス氏は、リトワニア異教の平和的田園的な性格を強調して「もっとも恐ろしい神格たるペルクナスでさえも、リトワニア人たちにとっては、恐ろしい存在にも、また遠い存在にも思われていなかった。この神にむかtって 次のように話しかけることができたのだから。すなわち<ペルクナスよ、親しい神よ!私の畑の上で悪魔を打ちのめすようなことはしないでくれ、塩漬けの豚を半分そっくりお前にくれてやるから!>と」。ラトヴィア系リトワニアの民間伝承のなかでは、ペルクナスは概して、「太陽」も「月」も他のあらゆる天体もこれに服従しなければならない強力な神格として、表されている。この神は一種の至高の審判者で、その怒りにはまさに恐るべきものがある。というのは、この神が腹を立てたときには、(黄金の樫の木)をも打ち倒し、真っ二つに引き裂くことができるのだから。A・ミエルジンスキー氏は、ペルクナスが他の神格立ち寄り一段高い位置にいたということを否定する。彼は『リトワニアのどの地方にも、「太陽」や「月」や、「星」や、「雷鳴」や、「大地」のような、そして第一に「火」のような、全リトワニア人に共通のいくつかの神格が、存在してはいた。だが、これらの神格はすべて、互いに対等の立場で向かい合っていた。リトワニアの諸神格の間では、他を支配する至高神という観念すら見分けがたい。ペルクナスが他の神格たちの頂点にいたという意見は、私の考えによれば、誤りである。ペルクナスが他の神々よりずっと長く人々の記憶の中にとどまった理由は、ただ単に、この神が、リトワニアのキリスト教への改宗後も、雷鳴をもって、リトワニア人たちを怖がらせ続けたからに過ぎない。』
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| 二次的な神格(「ディエヴァイ」「ディエヴァイティス」神々の意味) |
| プラアムジス | (古代世界の全体を通じて最も共通のまた最も原始的な神格)人間たちの全宇宙の、さらに他の神々の運命をも支配する運命の神である。民話では次のように語っている。
『かなたの天空に、一つの宮殿があり、そこにはプラアムジスと呼ばれてすべとぉ支配する至高の神が住んでいた。その力は、天と時と水と大地と、さらに、水と大地の奥深くとその表面とに住む一切の生物たち、それらすべての上に一面に及んでいた。それゆえ、その権力の大きさには限界というものがなかった。ある時彼は宮殿の窓から大地を見下ろして、地上には多くの悪が行われているのを発見した。内乱、ある民族の他民族への攻撃、暗殺、不斉、犯罪、地上は伝染病のようにはびこるそれらにkじゅる死んでいた。あれはそこで、地上に、互いに決して折れ合うことのない、どこまでも意地の悪い二人の怪物、「水」と「風」とを送り込んだ。二人の怪物は、ターレル銀貨のように丸くてひらべったい哀れな地球に向かって襲い掛かった。怪物たちは、地球を両手でしっかりとつかんで、十二日と、十二夜の間、地上の生物が残らず滅んでしまう程の強い力で、ゆすぶり続けた。プラアムジスは、ちょうど、彼の城の庭に這える天の胡桃(くるみ)を食べていた時、再び地上に眼をやった。地上の最期の痙攣を見ながら、彼が胡桃の殻を吐き出すと、それは、地上で最も高い山の頂き近くに落ちた。そこには、世界中を浸した大洪水から逃げ出してきた様々の動物たち、鳥たち、それに幾組かの人間の男女が集まっていた。この生物たちは、そこで、すぐにその胡桃(くるみ)の殻の上に乗った。というのは、水がすでに彼らの最期の避難所をも浸していたからである。二人の怪物も、大洪水の中を不幸な生物たちを運んで行く天の胡桃の殻に対しては無力だった。ついに、神は、三度目に地上に眼をやった時、下の方で起こっている出来事を見て、不憫に思った。彼は怪物たちをもとの住処に連れ戻した。水は引き、嵐は収まり、空は再び脹れて活気づき明るくなった。聖なる胡桃の殻によって生命を救われた生物たちは、再び増え始めた。人間たちは、二人ずつ連れ立って、地上のあらゆる隅々へと散って行った。だがある一組だけが、わが民族発祥の地であるこの土地にとどまった。この一組の夫婦はすでにあまりにも年を取っていたので、自分たちの子孫を持つことが出来なかった。この二人の尊敬に値する老人たちは、最後の時が近づくのを感じ、自分たちの財産を残し伝えて使ってもらい、自分たちの遺骨を埋葬してもらうための人間がいないのをひどく思い悩んでいた。プラアムジスは、老人たちに女の精霊リンクスミネーを遣わした。精霊は、彼らに、地中にある骨の上を飛んでみるようにと勧めた。老爺(ろうや)が一跳びするごとに可愛い男の子が立ち上がり、老婆が一跳びするごとに美しい女の子が現れた。だが、この不思議な精霊の出現にあまりにも感動し、またすでにあまりにも年を取っていたために、彼らは十二回しか跳ぶことが出来なかった。リトワニア民族の十二の部族は、こうして生まれた十二組の男女の子孫なのである。他の術tの民族は、互いに抱いていた敵意のために、特にリトワニア人の祖先となった老人夫婦に対して抱いていいた敵意のために、洪水後各地に散らばって行った別の各組の男女から、生まれてきたのである。そして、その時以来、各民族は、互いに憎み合い、またリトワニア人をも恨み続けているのである。』 |
| ウカピルマス | 時と歳月の神格 |
| ヴィルサイティス | 家と物質的な財産とを守護する。 |
| コヴァス | 戦争の神。象徴として馬又は雄鶏を持つ。人々はこの神への捧げものとして武器を寄進し、それを聖木の枝に吊り下げる。十七世紀にかかれたグリューメル神父の手書きの覚え書のなかには、キリスト教徒の騎士団に攻撃されたリトワニアの異教徒たちが、彼らの戦争の神カヌー(コヴァス)に助けを求めた、という話が記されている。またその覚え書の中には、(コヴァスと呼ばれる戦争の神に仕える僧)だった、ダンジェラッツというリトワニアの王、若しくは首長の名前が見だされる。 |
| ラグティス | 飲料(酒・麦酒・蜂蜜水)の神であった。ナルブットによれば、この神の祭りの日には、その象が橇に乗せられて、村から村へと持ち運ばれたと言う。 |
| ガルダイタス | 風と嵐の神、船乗りたちの守護神である。ナルブットによって引用された幾人かの年代記作者によれば、海の真中のどこかに住んでいる巨大で奇怪な生物の姿で表されていた。人々はこの神に生贄として魚を捧げた。 |
| クルギス | 鍛冶師の神。リトワニアのヴァルカンのようなもの。 |
| プラウリメー | 聖火の女神。昔の著述家(ペーテル司教)は、この神に付いて次のように述べている。(彼ら「リトワニア人」の間には、様々の迷信から尊敬されているプラウリメーと呼ばれる偽の女神への崇拝が見だされる。この女神は、古代ローマのウェスタまたはキュベレに似ている。人々はこの神に、永遠のものと思われている火を捧げる。なぜなら、この神のどの祭壇の上でも、火がいつも燃えているからである。) |
| ライメー(ラウメー) | リトワニアの民衆詩のなかにはっきりと残っているtが、これは運命と幸福との、特に若い娘や子供たちのそれが問題になるときの、神である。この神が山々の上に現れて、人間たちに彼らを待つ不幸を予告するのをいくつかの歌謡が歌っている。「ライメーは叫ぶ、ライメーは呼ばわる、山の中を、素足で、走りながら・・・」。プロシャのリトワニア人たちの間には、こんにちに至るまで次のような格言が見だされる。「ライメーがそうお望みなのだ!」 いくつかの歌謡や伝説のなかで、ライメーは(「太陽」にもう一つの昼を与えている。)。このことは、幾人かの著述家たちに、ライメーがまた「月」の女神でもあったと推測させる根拠になっている。 |
| ピルヴィーテー | 富と財産と繁栄の女神。リトワニアのフォーチューンである。ある民間歌謡はこの女神について次のように物語る。「私は走る、私は走る、お前を追って、ビルヴィーテーよ、陸を越え、海を渡って、私には豪華な船はない、私は翼も持ってはいない。雷光を追って私は走る。おお、ビルヴィーテーよ、人間へのお前の貴重な愛を得たものは、石ころの存在する限り黄金を手に入れる。麦の詰まった穀物蔵を手に入れる。誰からも尊敬を手に入れる。」 |
| グルビーテー | 春と花々と庭園との女神。「花をください、私たちに花を、グルビーテーよ、その花で美しい小さな冠を編むために。下さい、春の庭園に裂くあなたの新鮮な贈り物を!ああ、それらは私たちに幸福を予告する。うら若い花嫁よ、それを摘んで髪飾りにするように!」グルビーテー崇拝は、キリスト教の勝利後も(十六世紀の中頃か、おそらくそれよりずっと後まで)長期にわたって維持された。 |
| ヴェルペィヤ | リトワニアのパルク(人間の生命を紡ぐ不死の女神)「ナルブット」である。ある民間伝説は、人間が生まれると、ヴェルペィヤはすぐにその人間の生命の糸を天上で紡ぎ始めるのだ、という。この糸の端には星がついている。ヴェルペィヤは天上の大変高いところに住んでいて、ただ一日で、全世界に張り巡らすことができるほど長い糸を紡ぐのだけれども、その橋に着いた星は、ほとんど目に見えぬほどしか下がらず、長い年月を経てやっと大きくなるのだという。この「運命の神」が人間をこの世から去らせようと考えると、その時糸は切れ、星は落ちてくうちゅに消え、その人間は死ぬのだる。 |
| 小神格(神の子供たちとされるもの) |
| 病人たちの神 | 大きな蛇の姿で表される(聖なる不可思議の医者) |
| 愛の少年神 | リトワニアのキューピッドと言える。(遠くから、永遠の夏が支配する国からやってきた)翼を持つ神である。 |
| 耕された畑の神 | |
| 家を守護する敷居の神 | |
| 戦争を告げる神 | |
| 木霊の神 | |
| 旅人を守護する道路の神 | |
| 人間の男性を守護する男神 | 人間の女性を守護する女神の夫 |
| 人間の女性を守護する女神 | 人間の男性を守護する男神の妻 |
| もみの木の少年神 | もみの木の下に住んでいて、不幸な人々を保護している。この神は事例の一種である大勢の地下の精霊たちに命令し、その地下の精霊たち、髭を生やした矮人たちは、自分たちに好意的でない人間から麦や金を盗んで、それを気に入った人間に与えてやるのである。異教時代のリトワニア人たちは、この神に捧げものをし、麦酒やパンやその他ささやかな料理をその神木の下に置いた。 |
| 公妃ビルテー | 半神、又は伝説上の英雄で、バランガの街の近くの伝説に登場する。そこには小高い丘があり、その丘が、昔、ヴァイディルテス、すなわちウェスタ―リス(ローマのかまどの女神ウェスタに仕える処女の巫女たち)によってまもられる聖火のための祭壇の役をしていた。十四世紀の中頃、彼女たちの一人でビルテーと呼ばれる処女に、大公の息子ケストゥティスが激しい恋をし、力づくで彼女を奪って結婚した。この瀆神的な行為はリトワニアにとって不吉な出来事であったに違いない。事実、ケストゥティスとビルテーとの間に生まれた息子ヴィータウタスは、偉大な君主としては最後の人物となった。夫が死ぬと、ビルテーはバランガに帰った。彼女はそこで生涯を終え、彼女の名を取った小高い丘に埋められた。ビルテーは異教徒であったが聖女として崇敬され、彼女を記念して楯らてた小さな聖堂に人々は巡礼として詣でた。リトワニアでは事実これ程に、異教徒とキリスト教徒が分かちがたく混じり合っているのである。 |
プロシャ年代記作者の語るところによると、キリスト教徒の騎士たちがポメラニア(現在のポーランド北部地帯の呼称)にやってきた後の1247年、アイトヴァラスと呼ばれる悪魔たちがそこに現れた。この悪魔たちに苦しめられた住民が異教の僧たちに訴えた所、僧たちは、それは人々が真の宗教(つまり異教信仰)を捨ててキリスト教に改宗したために神々が起こって彼らに課した罰なのだ、と説明した。住民たちはそこで、古い信仰に戻り、もはやキリスト教の僧たちの言うことは聞かないと誓ったので、異教の僧たちは悪魔祓いの呪文を唱えて、アイトヴァラス達をこの国から追い払ってやった。
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ウグロ=フィン族の神話
ウグロ=フィン族、ウラル=アルタイ族、フィノ=ウグリア族は同じフィン語から派生した様々の方言を話すかなりの数の民族およべ土族で、密集した集団をなして住まず、四方を他の諸民族の協力な波浪に囲まれて、孤立したいくつかの小島を形作っている。
ウグロ=フィン族の主要な四グループ
- ウグリア・グループ:西部シベリアに定住するヴォグル族と牡チャック族、マジャール族
- ペルミア・グループ:ロシアのヴォルガ中流地域に住むジリアン族、ヴォチャック族、ペルミャック族
- チェレミソ=モルドヴィア・グループ:ヴォルガ上流左岸地域のチェレミス族とヴォルガ中流地域のモルドヴァ族とから成る。
- 西武グループ:フィンランド族、カレリア族、エストニア族、リヴォニア族、ラップ族
フィン族は互いに解体分離して、イラン族、スラヴ族、スカンディナヴィア族等に様々の影響を被った。その宗教的発展の仕方もまたきわめて多様であった。
| 名称 | 概要 |
| マジャール族 | カトリック教の主要な砦の一つとなった。 |
| エストニア族とフィンランドのフィン族 | リトワニア教会派に属したロシアのフィン族は大多数がギリシャ正教に改宗、小数がイスラム教に帰依したが、まだ久しく彼らの古くからの異教信仰の名残が残っている。異教信仰の名残は、特にアジアのフィン族において著しい。 |
神話的叙事詩カレヴァラ
1828年頃、フィンランド人の碩学リョンロートが、古代フィンランドの民間歌謡を集めようという考えを抱いた。彼はそこで国中を歩きまわって最も辺鄙な村々を持訊ね、幾台にもわたって農民たちが互いに伝え合ってきた歌(ルノト)を、かなりの量採集した。ついで彼は、忍耐強い調整作業によって、それらの詩を全部混交させ、それから一つの英雄叙事詩を作り上げ、これをカレヴァラと題した。1835年に子の叙事詩が世に現れたとき、それは約1万2千行の詩句が数えられた。この叙事詩の主題は、カレヴァラ(これは最も権威ある解釈によれば「神人たちの祖国」という意味である)とポホヤまたはポホヨラ、現在の北部フィンランドかラプランド地方にあたる「奥地の国」、との闘いである。
カレヴァラの第一の主人公、「大気の処女」の息子、ヴァイナミョイネン。冒頭部は彼の不思議な誕生の話が物語られる。彼は、大地を開墾して種子を播き、ラプランドの息子ヨウカハイネンと戦って勝つ。ヴァイナミョイネンはヨウカハイネンの妹アイノと結婚することを考えるが、アイノは海に身を投げてしまうので、ヨウカハイネンの待ち伏せを逃れた後で、ポホヤの乙女たちの間に花嫁を探しに行く。ポホヤの女主人、ロウヒは、彼が不思議な護符サンポ(これがなんであるかは正確には突き止められていない)を鍛え作ってくれるならば、自分の娘と結婚させてやろうと約束する。ヴァイナミョイネンは鍛冶師イルマリネンにこの仕事を委託するが、ロウヒの娘は、鍛冶師の方を愛し、この二人の若者同士の結婚式が華やかに行われる。その時、新しい登場人物、レンミンカイネンが現れる。これは、喧嘩や騒ぎが大好きで若い娘たちの心をいっぺんに奪ってしまう陽気な青年である。この若者も、花嫁を探しにポホヤの国にやってきたのだった。彼は旅行の途中で罷業の死を遂げており、彼を生き返らせるためには、やはり、彼の母親の魔法の全技術が必要だった。さて、ロウヒの娘の結婚式に招かれなかったことを怒ったレンミンカイネンはポホヤに対する遠征を企て、ポホヤの族長を殺すが、ポホヤの人々の怒りに会って、逃げ出さなければならない。人々は彼の家に灯を放ち、彼の畑を蹂躙する。彼はそこで再度新たな遠征を試みるが、それも失敗する。ロウヒの魔法の力が彼の強さに打ち勝つのである。その間、一方で、イルマリネンは、悪の精クッレルヴォの熊たちに妻を食い殺されて失うという、苦しみを味わう。彼はポホヤに戻って、ロウヒの2番目の娘に結婚を申し込むが、母親からその承認が得られず、娘を奪う。だが、その若い娘はイルマリネンが眠っている間に他の男に身を任せ、夫によって鷗(かもめ)に変えられてしまう。カレヴァラに帰ると、イルマリネンはヴァイナミョイネンに、サンポがポホヤの国にもたらした繁栄を知らせた。そして、この二人の人物は、その貴重な護符を奪いに行く計画ウを建てる。レンミンカイネンが彼らに加わる。ポホヤへの公開の途中で、一行の乗った船が巨大なカマスにぶつかったので、これを捕らえ、ヴァイナミョイネンがその骨で不思議なカンテレ(竪琴の一種)を作った。この楽器の調べで敵を眠らせてから、ヴァイナミョイネンはサンポを手に入れる。ところが、レンミンカイネンの時を誤った歌声のために、ポホヤの人々が目を覚ました。ロウヒは恐ろしい嵐を起こし、その嵐のさなかにカンテレは波にさらわれ、サンポは砕けてしまう。ヴァイナミョイネンは、サンポの破片しか拾い集めることが出来なかったが、カレヴァラの国に反映を齎すにはそれだけでも充分だった。起こったロウヒは、カレヴァラに次々と災難を降りかからせ、ついには太陽と月とを洞窟の中に閉じ込めてしまうことまでするが、最後にはヴァイナミョイネンの勝利に終わる。彼はそこで自分の使命が終わったものと判断しただ一人、自分で作った船に乗り、波に運ばれて無限の海のかなたに永遠に消え去ってしまう。
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